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2011年11月23日

ウーバルグスク

笠利町大笠利集落の北側台地がウーバルグスクです。(今広い畑地になっています)
 用岬に向って県道右側の畑地です (南側台地は、辺留(ベル)グスク)
県道拡張工事計画があり1998年(平成10年)の8月から9月にかけ
発掘調査が行われました。
出土遺物は、青磁、白磁、類須恵器(カムィヤキ)、骨製品(サイコロ)、
石器などである。年代は12世紀から15世紀頃のようです。

ウーバルグスクから出土した骨製のサイコロは、奄美では初めての出土です。
この1辺が約1センチ四方のサイコロの対面同士の数の合計は現在のサイコロのように
7にはなっていません。
1つだけが7で、あとの2つは5と9になっています。故意にそうしたかなどはわかりません。
このサイコロは奄美市歴史民俗資料館 (あやまる岬にある) に展示されています。

ウーバルグスクは、道路拡張する一部分だけの発掘調査です。グスク全体(台地全体)の
発掘調査などが行われたらいいと思いますね。
台地東側斜面には風葬墓として利用されたような場所があるようです。


ウーバルとは、うー(上)とハル(畑)で、上(台地)の畑と云う事だと思います。

   ky  

Posted by DEI  at 09:50Comments(2)

2011年11月06日

笠利町内史跡めぐり no2

先日、笠利町大笠利一区老人クラブの笠利町内史跡めぐりの案内役を
務めてきた。
今回は1日コースで主な史跡をゆっくり周ることができ、弁当も皆で
ワイワイ言いながら食べて昔の遠足みたいだと楽しそうでした。

宇宿貝塚史跡公園では、前回の用安老人クラブの時と同じように石斧や
石皿を珍しそうに眺めたりさわったり、ビデオも鑑賞した。
凹み石やたたき石の凹みは貝など割った時についた凹みかもしれないとの
私の説明には、皆さん実体験があるので、そうだそうだとご納得。
自分たちが使っていた貝を割る時の下の台になる凹み石はもっと大きい
かったとか、貝を打ち損じて貝を遠くに飛ばしてしまったとかこれもにぎやかだ。

私が子供の頃貝割りにつかっていた土台の凹み石は今、庭の数十センチ下
に埋まっているが、大人がやっと持てるくらいの平たい大きな石で、凹みが
3つくらい付いていたと思う、それは親や自分達が取ってきた貝を割って食べる時、
兄弟姉妹がいいっしょに使ったり、貝の大きさで凹みを使い分けたりした為です。
(数千年後に発掘されたりした時、その事分かるでしょうか?)

歴史民俗資料館ではご自分たちのシマのウーバルグスク遺跡から出土した
サイコロをめずらしそうに眺め、喜瀬崎原のサウチ遺跡から出土した弥生
時代のトウテツ紋貝符の白い輝きには、二千年近くもの間地中に埋まって
いたとは信じられないとの驚きの声。

夜光貝で作ったスプーン(匙)コーナーでは、スプーンを見て話が4・50
年前にタイムスリップ、コウシン(はったい粉)を作ったり、食べたりした
時の事で話がもりあがる。

バスの中でも楽しく盛り上がる史跡めぐりであったが、残念な事が一つ、
用安の薗家庭園で八月踊りをする予定であったが、見学中に小雨が降り
出し踊りができなかった事。次回のためにとって置くとの事でした。

杖をつかれる方も史跡では元気よくバスから降りられ見学された。
予定の時刻に帰着。

**今回の史跡めぐりで新発見。私が小さい頃、私のシマではコウシン
(はったい粉)は、ガジマルの木の葉っぱを使って食べていが大笠利では
スィダラ木の葉っぱで食べたとの事。集落によって使う道具が違う事
考えたこともない。(葉っぱ取りのことでも盛りあがりました)。
おもしろそうなので調べたくなった。**

  ky
    

Posted by DEI  at 12:19Comments(2)