2013年01月24日
拓く 5
拝み奉り候(おがみたてまつりそうろう)!!
奄美語でいうと、「ウガミンショウラン!! (こんにちは)」 ということになるそうです。
こんにちは、会員です(^^)
最近ノロと、それに似通ったロタ(ユタに似てるね)ウィルスが大流行りしてますね~
うちでも猛威をふるうというよりは、何気に侵入してきてゆっくり去っていきました
二歳前になる息子が下痢の症状で、結構元気なもんだから「もう治るかな~ もうそろそろ治るだろ」と病院へ行きそびれていたら、治るのに10日以上はかかってしまいました(>_<)
仕事してないので、ゆっくり家で過ごさせましたが、たいていの家族は共働きをしているので、なかなかそうはいかないのが現代社会。私も仕事していたら、さっさと病院へ行き、お薬をもらってきます。
自分の頃はどうだったかな~? と思い出しますと、母は運転免許を持っていなかったし、家でハタ織りをしていたので、自宅でテレビ見たりしながら風邪菌が去るまで安静にしてましたね(^^)
そのおかげかどうかはわからないですけど、免疫力が高いのか、大人になって風邪をひいても軽く済みます。
「バカは風邪をひかない」 これもアリです(・。・)
30代の私が言うのもなんですが、古き良き時代でした。
前振りが長いですね
拓く5人目は、我らがディディディ顧問、中山清美先生による「地域の文化遺産と学校教育」の報告の報告です。
ちょっと身内感があって、リラックスできます(^^)
子供のいる私にとっては、とてもありがたいお話が聞けました。
前半は地域の文化遺産への取り組みの話
後半はでは、学校や地域でどういうふうに子供たちへ、自然環境のことやシマの文化を教えたらいいだろうか
という内容のお話でした。
月に一回、笠利と宇検で行われてます「地元学」「公民館講座 見て歩き」
シマ(集落)を歩き、自分たちでそこにある宝物を探そう! 足元を見つめ直そうという講座です。
私も毎月ハイテンションで楽しく参加しています♪(注・普段は根暗ですから、私)
歩く。見る。中山先生や地元の方から、史跡や場所(空間)の昔の様子や思い出を聞く。そして知る。
そのことにより、場所への興味や愛着が湧いてくるのを、いつも実感しています。
住んでいる地元の方も、普段は気付かない事が、他から目線でもって「これ、いいですね~」と言われて「へ~ こんな事が珍しくて、喜ばれるのか~ だったら大事にしていこうかな」などと、宝に気付くことができます。
実際この「知る」喜びを皆さんにも実感してほしいな と願います(^^)
まずは、ぜひ、ご参加を!!
次回の講座は2月16日(土) 午後1時半から
集合場所は手花部公民館です
手花部~赤木名へと続く津代の古道と、集落内の散策です
会員 本間由美子からでした~
って・・・ 終わってしまいそうでしたね(p_-) 軽~くボケたつもりです。
たまにはね、ちょくちょくユーモア(イラっとする方多いでしょうが)も入れていきましょう!!
で、後半の「教育」です
「見て歩き」の子供バージョンですね
どういう方法で、子供達に島の自然や文化を愛する心を持たせるか という取り組みの紹介です。
子供達の興味を持たせるのに、ケンムンを活用してみてはどうか、という話でした。
これは、とてもいい方法だな~と私も思います。
この奄美のケンムンさん、突き詰めていくと「自然と、相対するモノがうまい具合に共存している」というとんでもなく凄いヤツなんですね~ 私もようやくケンムンとは何者かの答えが見出せました。
話がそれてばかりです。
後半の「教育」については また次回紹介させていただきます(>_<)
スミマセン。夕飯のしたくしなきゃ(@_@;)
では、途中ですが、いったん休憩ということで。。
後半は来週になります(^^)
ブログ更新していなくても、訪問してくれている方々がいらっしゃるようで(*^_^*)
いつもいつもありがとうございます(^^)
また、次回もよろしくお願いします。
会員 本間由美子
奄美語でいうと、「ウガミンショウラン!! (こんにちは)」 ということになるそうです。
こんにちは、会員です(^^)
最近ノロと、それに似通ったロタ(ユタに似てるね)ウィルスが大流行りしてますね~
うちでも猛威をふるうというよりは、何気に侵入してきてゆっくり去っていきました
二歳前になる息子が下痢の症状で、結構元気なもんだから「もう治るかな~ もうそろそろ治るだろ」と病院へ行きそびれていたら、治るのに10日以上はかかってしまいました(>_<)
仕事してないので、ゆっくり家で過ごさせましたが、たいていの家族は共働きをしているので、なかなかそうはいかないのが現代社会。私も仕事していたら、さっさと病院へ行き、お薬をもらってきます。
自分の頃はどうだったかな~? と思い出しますと、母は運転免許を持っていなかったし、家でハタ織りをしていたので、自宅でテレビ見たりしながら風邪菌が去るまで安静にしてましたね(^^)
そのおかげかどうかはわからないですけど、免疫力が高いのか、大人になって風邪をひいても軽く済みます。
「バカは風邪をひかない」 これもアリです(・。・)
30代の私が言うのもなんですが、古き良き時代でした。
前振りが長いですね
拓く5人目は、我らがディディディ顧問、中山清美先生による「地域の文化遺産と学校教育」の報告の報告です。
ちょっと身内感があって、リラックスできます(^^)
子供のいる私にとっては、とてもありがたいお話が聞けました。
前半は地域の文化遺産への取り組みの話
後半はでは、学校や地域でどういうふうに子供たちへ、自然環境のことやシマの文化を教えたらいいだろうか
という内容のお話でした。
月に一回、笠利と宇検で行われてます「地元学」「公民館講座 見て歩き」
シマ(集落)を歩き、自分たちでそこにある宝物を探そう! 足元を見つめ直そうという講座です。
私も毎月ハイテンションで楽しく参加しています♪(注・普段は根暗ですから、私)
歩く。見る。中山先生や地元の方から、史跡や場所(空間)の昔の様子や思い出を聞く。そして知る。
そのことにより、場所への興味や愛着が湧いてくるのを、いつも実感しています。
住んでいる地元の方も、普段は気付かない事が、他から目線でもって「これ、いいですね~」と言われて「へ~ こんな事が珍しくて、喜ばれるのか~ だったら大事にしていこうかな」などと、宝に気付くことができます。
実際この「知る」喜びを皆さんにも実感してほしいな と願います(^^)
まずは、ぜひ、ご参加を!!
次回の講座は2月16日(土) 午後1時半から
集合場所は手花部公民館です
手花部~赤木名へと続く津代の古道と、集落内の散策です
会員 本間由美子からでした~
って・・・ 終わってしまいそうでしたね(p_-) 軽~くボケたつもりです。
たまにはね、ちょくちょくユーモア(イラっとする方多いでしょうが)も入れていきましょう!!
で、後半の「教育」です
「見て歩き」の子供バージョンですね
どういう方法で、子供達に島の自然や文化を愛する心を持たせるか という取り組みの紹介です。
子供達の興味を持たせるのに、ケンムンを活用してみてはどうか、という話でした。
これは、とてもいい方法だな~と私も思います。
この奄美のケンムンさん、突き詰めていくと「自然と、相対するモノがうまい具合に共存している」というとんでもなく凄いヤツなんですね~ 私もようやくケンムンとは何者かの答えが見出せました。
話がそれてばかりです。
後半の「教育」については また次回紹介させていただきます(>_<)
スミマセン。夕飯のしたくしなきゃ(@_@;)
では、途中ですが、いったん休憩ということで。。
後半は来週になります(^^)
ブログ更新していなくても、訪問してくれている方々がいらっしゃるようで(*^_^*)
いつもいつもありがとうございます(^^)
また、次回もよろしくお願いします。
会員 本間由美子
2013年01月12日
1月の公民館講座のお知らせ
会員の皆さまへ
文化財サポーターDEIDEIDEIの事務局からお知らせです。
1月の公民館講座『奄美 見て歩き』は、先月に引き続き、宇宿校区です。
日時 1月19日(土) 13:30~
集合場所 万屋生活館
宇宿校区は、空港周辺からアヤマル岬まで広範囲な校区です。大変遺跡が多く
シマの歴史を探るには、とても興味深い集落です。是非皆さまご参加してみてください。
2013年01月10日
拓く 5
こんにちは(^^) 拓くシリーズ、やっとやっと折り返しの5回目です
資料を読み返しながら、記憶を引き出しているのですが…
すぐすぐには思いだせないもので、資料やメモ書きした事が頼りのレポートになります
女性神役継承と親族組織 ―奄美大島宇検村の場合―
琉球大学院生 田中聡子さんの報告です
これまでのノロの研究や先に紹介しました津波高志教授の「血筋から家筋への継承の変容」研究をふまえて、宇検村ではどうか?ということを、聞き取り、検証。再度ノロについて調査しました。
ノロとはどういった神か? 本によっても人によっても答えが微妙に違っていて、捉え方も人それぞれ。。
一言でノロとはこうです と応えられる器量は私にはありません。
私は、政治組織の一部という風に捉えている感が大きいです。
韓国ドラマの「チャングム」を見ていて、琉球王府におけるノロ組織も、こんな感じだったのかなぁ~なんて、思ったりしてます。
ここは資料から抜粋しましょう
『ノロとは、奄美、沖縄地域にみられる村落祭祀を司る者である。奄美諸島は15世紀中頃から琉球王府の支配下にあり、16世紀以降、神役組織をはじめ、王府の諸制度が奄美にも導入された。
奄美地域の各地域で琉球王府からの辞令書がみつかっており、沖縄地域と同様、奄美地域においても琉球王府による、女性神役を通じて広範囲な地域の統轄を目的としていたのではないかと考える。』
1960年代から、多くの研究者によって、ノロについては研究がされています。
現在はほとんどの集落で、後継者が居ないことを理由に祭祀が中断、断絶しています。
衰退の理由が、「後継者」ということも 少し気になりますね。
社会的な事もそこには当然含まれているでしょう。
そこから色々と考えることも多いですね(^^)
話がそれました・・・
で・・・
田中さんは、2011年までノロ祭祀が行われていた阿室集落で聞き取りを行いました。
昭和33年にノロの役を引き継がれた方からのお話です。
資料には、詳しく書かれてますが、省略して紹介させていただきます。
阿室では、ノロ役の方が亡くなってから、次の継承者を探します。
前任者が亡くなった時、親族(ヒキ)で相談して、次のノロ役を決めます。
夫のお母さん、つまり義母がいいのでは、と決められましたが、義母は高齢で、またすぐに次の継承者を探すことになるというので、話者がノロ役を継承しました。
何名か候補者もいましが、集落に住んでいない。ノロの仕事は重荷だ、と断られることがあったそうです。
また、継承が決まってから、ユタ神様に前任者との相性を占ってもらう、ということがあったそうです。
相性はいいと判断され、昭和33年から、現在までノロとしての神役を司っています。
前任者のノロ役の継承についても、調査されていますが。。
申し訳ありません。。 資料からはちょっと理解できませんでした(大泣)
本当にスミマセン(>_<) ブログ書き終わったら、資料は貝塚に置いておきますので(@_@;)
詳しく読みとることはできませんでしたが、、、
嫁ぎ先にはノロが居なかった。
現在のヒキのノロ役を継承している。
これだけは、どうにかこうにか、資料からわかりました。本当にすみません。
聞き取り調査から・・・
現ノロは、津波教授の研究結果同様「ヒキ、家筋集団による継承」であることがわかりました。
前ノロは、先の結果とは、違ったことがあるのではないか?現段階では、まだ継承のはっきりとした事がわからない
というふうにまとめられています。
今回の調査から、先行研究との違うところや、今後検証するべきことも見えてくることもあり、衰退したとはいえノロの研究はやっぱり楽しそうだなぁ~ と思いました(私の感想)
ユタ神さまとの関係性も いつも比較して語られる両者が対等な形で語られていて、とても興味深く感じました。
とっても若く初々しい田中さん! 今後も研究頑張ってください!
私も、ノロとは何か? ここをもう一度よく勉強します!(^^)!
もし私がノロを研究するならば・・
「笠利においてノロは存在したか? 存在したとしても宗教的な立場として定着していたのか?」
老後のお楽しみですかね・・? その前の知識が足りないよ~(@_@;)
また、6までしばらくお待ちください(^^) ではでは。 会員の本間由美子でした
資料を読み返しながら、記憶を引き出しているのですが…
すぐすぐには思いだせないもので、資料やメモ書きした事が頼りのレポートになります
女性神役継承と親族組織 ―奄美大島宇検村の場合―
琉球大学院生 田中聡子さんの報告です
これまでのノロの研究や先に紹介しました津波高志教授の「血筋から家筋への継承の変容」研究をふまえて、宇検村ではどうか?ということを、聞き取り、検証。再度ノロについて調査しました。
ノロとはどういった神か? 本によっても人によっても答えが微妙に違っていて、捉え方も人それぞれ。。
一言でノロとはこうです と応えられる器量は私にはありません。
私は、政治組織の一部という風に捉えている感が大きいです。
韓国ドラマの「チャングム」を見ていて、琉球王府におけるノロ組織も、こんな感じだったのかなぁ~なんて、思ったりしてます。
ここは資料から抜粋しましょう
『ノロとは、奄美、沖縄地域にみられる村落祭祀を司る者である。奄美諸島は15世紀中頃から琉球王府の支配下にあり、16世紀以降、神役組織をはじめ、王府の諸制度が奄美にも導入された。
奄美地域の各地域で琉球王府からの辞令書がみつかっており、沖縄地域と同様、奄美地域においても琉球王府による、女性神役を通じて広範囲な地域の統轄を目的としていたのではないかと考える。』
1960年代から、多くの研究者によって、ノロについては研究がされています。
現在はほとんどの集落で、後継者が居ないことを理由に祭祀が中断、断絶しています。
衰退の理由が、「後継者」ということも 少し気になりますね。
社会的な事もそこには当然含まれているでしょう。
そこから色々と考えることも多いですね(^^)
話がそれました・・・
で・・・
田中さんは、2011年までノロ祭祀が行われていた阿室集落で聞き取りを行いました。
昭和33年にノロの役を引き継がれた方からのお話です。
資料には、詳しく書かれてますが、省略して紹介させていただきます。
阿室では、ノロ役の方が亡くなってから、次の継承者を探します。
前任者が亡くなった時、親族(ヒキ)で相談して、次のノロ役を決めます。
夫のお母さん、つまり義母がいいのでは、と決められましたが、義母は高齢で、またすぐに次の継承者を探すことになるというので、話者がノロ役を継承しました。
何名か候補者もいましが、集落に住んでいない。ノロの仕事は重荷だ、と断られることがあったそうです。
また、継承が決まってから、ユタ神様に前任者との相性を占ってもらう、ということがあったそうです。
相性はいいと判断され、昭和33年から、現在までノロとしての神役を司っています。
前任者のノロ役の継承についても、調査されていますが。。
申し訳ありません。。 資料からはちょっと理解できませんでした(大泣)
本当にスミマセン(>_<) ブログ書き終わったら、資料は貝塚に置いておきますので(@_@;)
詳しく読みとることはできませんでしたが、、、
嫁ぎ先にはノロが居なかった。
現在のヒキのノロ役を継承している。
これだけは、どうにかこうにか、資料からわかりました。本当にすみません。
聞き取り調査から・・・
現ノロは、津波教授の研究結果同様「ヒキ、家筋集団による継承」であることがわかりました。
前ノロは、先の結果とは、違ったことがあるのではないか?現段階では、まだ継承のはっきりとした事がわからない
というふうにまとめられています。
今回の調査から、先行研究との違うところや、今後検証するべきことも見えてくることもあり、衰退したとはいえノロの研究はやっぱり楽しそうだなぁ~ と思いました(私の感想)
ユタ神さまとの関係性も いつも比較して語られる両者が対等な形で語られていて、とても興味深く感じました。
とっても若く初々しい田中さん! 今後も研究頑張ってください!
私も、ノロとは何か? ここをもう一度よく勉強します!(^^)!
もし私がノロを研究するならば・・
「笠利においてノロは存在したか? 存在したとしても宗教的な立場として定着していたのか?」
老後のお楽しみですかね・・? その前の知識が足りないよ~(@_@;)
また、6までしばらくお待ちください(^^) ではでは。 会員の本間由美子でした
2013年01月05日
遅ればせながらの新年のあいさつ
明けましておめでとうございます
文化財サポーターディディディ
ブログ「知る人ぞ知る宇宿貝塚史跡公園」
どうぞ、よろしくお願い致します
今年の新年号の新聞も、まだゆっくり読めていませんが、、、
奄美群島日本復帰60周年の事が大きく出ていますね(^^)
復帰運動の事はあまりよく知らないので、この機会に学びたいと思います
昨年春から公民館講座「復帰運動の頃の笠利を学ぶ」を受講していたので
そこで聴いた話を、この場を借りて紹介していこうかとも思っています
とりあえずは・・・「拓く」をあと4つ書かないと(>_<)
今年も、えっちらおっちら、頑張ります♪
皆様、どうぞヨロシクお願いします
会員 本間由美子
文化財サポーターディディディ
ブログ「知る人ぞ知る宇宿貝塚史跡公園」
どうぞ、よろしくお願い致します
今年の新年号の新聞も、まだゆっくり読めていませんが、、、
奄美群島日本復帰60周年の事が大きく出ていますね(^^)
復帰運動の事はあまりよく知らないので、この機会に学びたいと思います
昨年春から公民館講座「復帰運動の頃の笠利を学ぶ」を受講していたので
そこで聴いた話を、この場を借りて紹介していこうかとも思っています
とりあえずは・・・「拓く」をあと4つ書かないと(>_<)
今年も、えっちらおっちら、頑張ります♪
皆様、どうぞヨロシクお願いします
会員 本間由美子