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2011年05月04日

伝統文化

赤木名観音堂
赤木名観音寺跡は赤木名中学校の裏にあります。生徒たちは「観音が丘」と呼んでいます。校歌にもその名前があり、部活
でもこの丘をランニングコースにするなど学校の敷地内のように活用されています。ここにお寺を建てたのが延宝3年(1675年)10月江戸時代のことです。赤木名には、薩摩の代官所跡もあり、当時の代官は町田嘉右衛門とされています。大島を治めるために薩摩の役人たちが大勢派遣されました。任期が2年。奄美に住んでいるとホームシックにかかる役人達が多かったようです。現代のように大型船や飛行機に乗ってすぐに鹿児島に行けるような状況ではありません。島に来た役人たちのよりどころとして、また、心の支えになるようにとここにお寺が建てられたそうです。その石碑が招魂碑(現在太陽が丘へ移転済み)のそばにありました。代官所の移転とともに観音堂も名瀬の伊津部へ移ることになります。八月踊りの歌には 「赤木名観音堂や、伊津部かちなおろ、なおろなおろに、な音ばかり」 とあります。移ろうとした年の寛政12年(1800年)から、代官、和田信吾が代官仮屋を赤木名から伊津部に移して19年目の文政2年(1819年)になってようやく移したからと言われています。今でも野生化して咲く紫の藤の花はその時代を物語る花とも言われています。
尚 赤木名の里集落では平成21年11月29日(旧暦10月)に赤木名観音堂祭りを設立し毎年恒例行事として観音が丘で
開催し、奄美市一集落一ブランドにも認定され集落の活性化に取り組んでいるようです。
                                                                  ts



Posted by DEI  at 10:54 │Comments(0)

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