2011年03月10日
宇宿港遺跡 (うしゅくみなといせき)
「宇宿港遺跡」は、宇宿貝塚道路向かいの砂丘一帯で、今、
保育所や町営住宅等が建っている。
1980年(昭和55年)町営住宅建設時に人骨が発見され、
発掘調査された。
遺物は、弥生時代の男女一体づつの人骨、土器片、石器、
貝刃、貝、獣骨、魚骨、兼久式土器片などが出土している。
ここは、宇宿集落内を流れる川(前川)の河口で集落の
方たちはここをニャトと呼んでいた。
方言で河口の事をニャトと云うので、このニャトが漢字
表記になった時「港」になったのだろう。
このあたりの字名も港となっているので、「宇宿港遺跡」
としたのでしょう。
先日宇宿港遺跡は、宇宿漁港のどのあたりにあるのですか
とたずねられた。
「港」と云うと漁港などの港の事だと勘違いして、私も
数年前まで「宇宿港遺跡」は宇宿漁港の近くにあるもの
と思っていた。
港遺跡が漁港の出来るずっと以前に漁港より離れた所で
発見されている事を知らなかったからである。
もっと一般の方々に遺跡の事教えてあげないと
いけない。
ky
保育所や町営住宅等が建っている。
1980年(昭和55年)町営住宅建設時に人骨が発見され、
発掘調査された。
遺物は、弥生時代の男女一体づつの人骨、土器片、石器、
貝刃、貝、獣骨、魚骨、兼久式土器片などが出土している。
ここは、宇宿集落内を流れる川(前川)の河口で集落の
方たちはここをニャトと呼んでいた。
方言で河口の事をニャトと云うので、このニャトが漢字
表記になった時「港」になったのだろう。
このあたりの字名も港となっているので、「宇宿港遺跡」
としたのでしょう。
先日宇宿港遺跡は、宇宿漁港のどのあたりにあるのですか
とたずねられた。
「港」と云うと漁港などの港の事だと勘違いして、私も
数年前まで「宇宿港遺跡」は宇宿漁港の近くにあるもの
と思っていた。
港遺跡が漁港の出来るずっと以前に漁港より離れた所で
発見されている事を知らなかったからである。
もっと一般の方々に遺跡の事教えてあげないと
いけない。
ky
Posted by DEI
at 15:01
│Comments(4)
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笠利町全域、河口のことをニャトと言っているようです。
昔のニャトは今の港のような役目があったようなので、
それでニャト(港)と呼ばれていたのかもしれません。
明治から昭和20年代頃まで、宇宿ニャトからも
テンマ船に砂糖などの荷物を積んで、沖の大きな船
に運んでいたとのことです。
今は川の水量が減り、海岸近くのサンゴ礁の所も
土砂の流入で浅くなってしまい、今、テンマ船が
あっても以前のように荷物など積み出すことは
できないだろうとのことです。
おばの所のニャトも昔は舟をつないだり、舟を陸に
上げる所だったと思いますがどうでしょう。
コランシリンヌクトバ ニャトチ イイションジャヤ
ワキャシマダカ ニャトチ イショリョト。
このブログで今宇宿集落近辺の遺跡の紹介
をしています。このあと笠利町内の遺跡の
紹介をしていきます。ときどき見て下さい。
2年ほど前から宇宿に住んでいますが知りませんでした~。
こんど近所のことを少し調べてみようと思います。