2011年03月19日
宇宿集落近辺の砂丘小遺跡
宇宿集落近辺には、前回までに紹介した長浜金久遺跡や下山田
遺跡の周辺に他にもいくつもの小遺跡があります。
遺跡名
ケジ遺跡、中永田遺跡A・B・C、前田遺跡A・B、泉川遺跡1・2・3、
和野字長浜A・B
これらの遺跡は、ほとんどが砂取り等で破壊されているようです。
遺物は土器、石器、貝、魚骨、兼久式土器などです。
遺物は縄文時代晩期頃から兼久時代 (約3000年前頃から1000年
前頃) のものが多いようです。
これらの小遺跡は1982年(昭和57年)頃に調査されたようです。
ケジ遺跡が1982年7月に発掘調査されています。
これらの小遺跡には、季節ごとに短期間の移住生活がなされて
いて、その期間は冬期であった可能性が強い、それは冬に好んで
捕食されるマガキガイの貝殻が大半の遺跡から出土しているから
であると中山清美先生が笠利町文化財報告No6で述べられてい
ます。
冬期の西海岸の強風を避けて、この東海岸で冬期のみの短期間
移住生活をしていたのでしょう。
今回で宇宿集落近辺の遺跡紹介は終了、次回からは笠利町を
左まわりに紹介していきたいと思います。
ky
遺跡の周辺に他にもいくつもの小遺跡があります。
遺跡名
ケジ遺跡、中永田遺跡A・B・C、前田遺跡A・B、泉川遺跡1・2・3、
和野字長浜A・B
これらの遺跡は、ほとんどが砂取り等で破壊されているようです。
遺物は土器、石器、貝、魚骨、兼久式土器などです。
遺物は縄文時代晩期頃から兼久時代 (約3000年前頃から1000年
前頃) のものが多いようです。
これらの小遺跡は1982年(昭和57年)頃に調査されたようです。
ケジ遺跡が1982年7月に発掘調査されています。
これらの小遺跡には、季節ごとに短期間の移住生活がなされて
いて、その期間は冬期であった可能性が強い、それは冬に好んで
捕食されるマガキガイの貝殻が大半の遺跡から出土しているから
であると中山清美先生が笠利町文化財報告No6で述べられてい
ます。
冬期の西海岸の強風を避けて、この東海岸で冬期のみの短期間
移住生活をしていたのでしょう。
今回で宇宿集落近辺の遺跡紹介は終了、次回からは笠利町を
左まわりに紹介していきたいと思います。
ky
Posted by DEI
at 12:25
│Comments(3)
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チュヌイッパイ スディモタンカ ワカリョタットウ
ハケ~ アリガタサマ アリョットウ。
マタ ムングトゥクヮ ユスィティクリンショレヨ。
ハケ~もあるんですね
笠利町の東海岸は砂丘やサンゴ礁が発達していて
海産物の捕食に適していました。
砂丘の山側には湿地帯があってウナギやカニなど、
そして山へ続く平地や山からは食用植物や
シイの実、ドングリなどが簡単に収穫できたこと
でしょう。(猪も食されています)。
笠利は、旧石器時代から新石器時代 (縄文時代)、
弥生時代の採集生活がとてもしやすかった
のでしょう。
ky
kyサン ナキャンウシュクボテナンヤ
ウガサキ フウムカシヌチュンキャヌ
スディモタン イセキヌアリョンヤ
フウムカシラ カサンヤヒラケティ オリョタン
ダリョロヤ
ワキャシマダカ シラブィティモライシャカ
アリョンジャガ ナーリクァウトゥルサダカ
アリヤションバヤ